華やかなファッションウィークの裏で、各メゾンのショールームでは、世界中のバイヤーとブランドの販売責任者(セールのボス)による、数億円規模のマネーゲームが繰り広げられています。この「オーダー会」と呼ばれる場は、一般には一切公開されない完全なブラックボックスであり、そこには独自の厳しい裏ルールと、言葉の刃を交える心理戦が存在します。
多くの人は、バイヤーが展示会に行って「これが素敵だから、これをつください」と注文しているだけだと思っています。しかし、現実はそんなに甘くありません。人気のブランドになればなるほど、立場はブランド側が圧倒的に上であり、バイヤーは「買わせてもらう」立場になります。
ここで重要になるのが、ブランド側が提示してくる「ミニマム(最低発注金額)」と「カテゴリーバランス」という縛りです。例えば、誰もが欲しがるアイコンバッグを仕入れるためには、売るのが非常に難しいコレクションラインの奇抜なドレスや、サイズ展開の難しいシューズも同時に一定額以上オーダーしなければならない、という暗黙のルールが存在します。
この無理難題に対し、一流のバイヤーはどう立ち回るのでしょうか。私たちはただイエスと言うのではなく、ブランドの「弱点」を突いた交渉を行います。例えば、「新しく就任したデザイナーのメンズラインを我が国の店舗で大々的にプロモーションする代わりに、ウィメンズの限定バッグの割り当てを増やしてほしい」といった、戦略的なギブ・アンド・テイクを提案するのです。
さらに、為替レートの変動や、国ごとの関税、輸送コストをその場で計算しながら、卸値(ホールセールプライス)のディスカウントや、売れ残った際の返品保証(リターンポリシー)の交渉も行います。
ショールームの美しい音楽の裏側で、電卓の音と冷徹な数字が飛び交う空間。ブランドへの深いリスペクトを持ちながらも、ビジネスとしては一歩も引かない冷酷さを持つこと。この二面性をコントロールできるバイヤーだけが、過酷な海外オーダー会という戦場で、自社と顧客の利益を守り抜くことができるのです。